広告

「的を得る」は誤用?

昨日の分です。休日は書けず平日にまとめるってのが常態化していて、なんとかしなければと思っています…。

「的を得た答え」といったように、『的を得る』という慣用句がしばしば使われますが、これは誤用だということを教わりました。

正しくは『的を射る』または『当を得る』だそうです。日本国語大辞典にも以下の記述がありました。

「的確に要点をとらえる。要点をしっかりとおさえる。当を得る。的を射る。」

しかし、筆者にはどうも誤用だとは思えませんでした。特に、『当を得る』ならともかく、「『的を射る』の誤用」だといわれることに強烈な違和感を感じます。

Googleに聞いたところ、こんな素晴らしい記事が見つかりました。

「的を得る」 は、間違いじゃない

筆者が(正しいとされる)『的を射る』に感じた強い違和感。これの正体です。

前述の日本国語大辞典には、『的を得る』は「的確に要点をとらえる」ことだと明記されています。

しかし、ただ「的を」「射る」だけでは、「的確に要点をとらえる」という意味につながらないと思われます。「自分のものにする」、「当たる」という意味の「得る」のほうがしっくりくる気がするのです。

まあ所詮慣用句ですから、例え誤用であっても世の中に広まったものは全部正しいんだと思っていますが(『汚名挽回』のような明らかな間違いでなければ)。

ただし先ほど紹介した記事で書かれているように、仮に『的を得る』が正しくても、それを使っていて間違いを指摘されると色々面倒です。時と場合によっては他の言葉に置き換えて使わないようにするのが無難な手段になるのかも。
広告

comment

Secret

たとえを例えと使っている時点で誤用だもんな。

No title

こういう重箱の隅つつくやつさえいなければ
「的を得る」ものびのび使えるんだけどなあ
悪化は良貨を駆逐するとはよく言ったものだ

名無しさん>確かに誤用がありますね。申し訳ない。

無記名さん>難しいところですよねえ。
真意はともあれそういう運動が「正しい日本語(?)」を守る力になりますからね。

No title

的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

正鵠を得るが礼記にある→ない。礼記の不失正鵠(正鵠を失せず)を失わずと間違え、そこからの推測で正鵠を得るができただけ。漢語に得正鵠は存在しない。失は失うではなくそれる意。対義語はあたるの中。失正鵠(正鵠をそれる)の対義語は中正鵠(正鵠にあたる)
虞集『尚志斎説』などで用例もある。下記のサイトで「中正鵠」で検索してみよう
http://zh.wikisource.org/wiki/Wikisource
正鵠は的の中心の黒星のこと→違う。西周が『五国対照兵語字書』で仏語の' blanc de cible' を「正鵠」と訳し、大槻文彦が『言海』で的の黒星と創作し、日本と中国に拡散しただけ。鵠に的の黒星の意味があるというのは服部宇之吉の誤解
日本語の正鵠は中国語と別物どころか仏語としても間違い。正鵠は単純に的のこと。漢籍に標的の中心での用例はない。「皆侯之中、射之的也」と反論したら笑うよ?
得には当たる意味がある→ない。中国でも日本でも得に当たる意味などない。得より取のほうがよっぽどマシかもね
射るだと当たったかは不明。射抜くにしなければならない→違う。射るには当たる意味がある。これは日本古来の意味
用例もある。『平家物語』の「扇の的」で『うつ』を「放つ」、『射抜く』を「射切る」、『あてる』を「射る」と言い分けている
昔は漢籍に精通した人が多く、年長者ほど正鵠を得ると的を得るを使用する→正確に伝来できずに意味を間違えた漢語は沢山ある。それらは誤りだが正しいとせざるを得なくなった。正鵠を得るは日本初の要点を上手く捉える意味の語句だから誤りだが正しいと認めざるを得ないだけ
中国語で得正鵠がある→それは日本から中国に伝わったもの。正鵠を得るは諸悪の根源である
正鵠を得る、正鵠を射る、的を射る、的を得るの順に作られた(どれも戦前から使用)。正鵠を射ると的を射るこそが誤用→正鵠を射る(正鵠=的。射る=中)は正鵠を得るの訂正。的を射る=正鵠を射る=正鵠に中る=正鵠に中つ=中正鵠≠正鵠を得る=得正鵠=的を得る
的を得るは誤用じゃない→誤用の意味は「言葉の意味を誤って使う。言葉自体を誤ることではない」。的を得るは誤用ですらない
的を得るは正しいんだ→的を射るは慣用句で、的を得るは慣用句ではない。慣用句は特定の単語の組み合わせでなければならず、同じ意味の単語ではダメ。100階から目薬、写輪眼が無い、馬の耳に聖歌、ハローキティに小判が正しいとでも言うのか
根拠を出せ→民明書房にも劣る駿河台予備校世界史講師中谷臣のトンデモソースを信じる君が大好きなネット検索で調べてみよう。それでも納得できなければ、辞書や古典とかいろいろ読んでみよう。もちろん角川や三省堂以外もね
得る否定派を得る正当論で論破した。論破したから正論だ→なにが正論かは時と場合によって変わるし、論破によって正論か決まるわけでもない。文化庁などの総意を無視して詭弁をふりかざす無責任なことは止めてください
言葉は生き物。日本で正鵠を得るは正しい慣用表現。中国や本来の意味と違っても「間違い」ではない→語源を語ることと現在の使用法を語ることは全然違う。もうその言い訳聞き飽きた…
間違った言葉を使う人は勉学的バカだが、そういう人をバカにする人は人間的バカである。そして的を得る・得正鵠・正鵠を得る信者は両方の意味でバカである

神様仏様が許したって、この俺様が許さねェ!さあ答えろ!正鵠を得る・得正鵠・的を得るが滅びた天国に行きてェか、正鵠を得る・得正鵠・的を得るが蝕んだ地獄に行きてェか!

的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

正鵠を得るが礼記にある→ない。礼記の不失正鵠(正鵠を失せず)を失わずと間違え、そこからの推測で正鵠を得るができただけ。漢語に得正鵠は存在しない。失は失うではなくそれる・すべる・はずれる意。対義語はあたるの中。失正鵠(正鵠をそれる)の対義語は中正鵠(正鵠にあたる)
虞集『尚志斎説』などで用例もある。下記のサイトで「中正鵠」で検索してみよう
http://zh.wikisource.org/wiki/Wikisource
正鵠は的の中心の黒星のこと→漢籍では的自体を指す。日本での意味は槇島昭武の個人言語から広まった可能性あり。西周がそれを参考にしたのか、仏語の' blanc de cible'を正鵠と訳し、弓道の正鵠ができた
結局西周が正鵠と訳した対象は、銃に関わるもので弓とは無関係。日本の弓術は矢が的のどこに当たったかで評価は変わらない。得点的は西洋からきた
中国の正鵠≠日本の正鵠≠仏語の正鵠≠弓道の正鵠。「正鵠を得る=的の中心を射抜く→要点をつかむ」という解釈は近代的・西洋的である
得には当たる意味がある→中国でも日本でも得に当たる意味などない
射るだと当たったかは不明。射抜くにしなければならない→射るには当たる意味がある。『平家物語』の「扇の的」で「うつ→放つ」「射抜く→射切る」「あてる→射る」と言い分けている
失の対義語は得である→得⇔損。失敗⇔成功。失望⇔希望。得手⇔苦手。過失⇔故意。失業⇔就業。失火⇔放火。失効⇔発効。見失う⇔見付ける。面目を失う⇔面目を施す。礼を失する⇔礼を尽くす。あれれ?
昔は漢籍に精通した人が多く、年長者ほど正鵠を得ると的を得るを使用する→正確に伝来できずに意味を間違えた漢語は沢山ある。それらは誤りだが正しいとせざるを得なくなった。正鵠を得るは日本初の要点を上手く捉える意味の語句だから誤りだが正しいと認めざるを得ないだけ
中国語で得正鵠がある→それは日本から中国に伝わったもの。
正鵠を得る、正鵠を射る、的を射る、的を得るの順に作られた。正鵠を射ると的を射るこそが誤用→正鵠を射る(正鵠=的。射る=中)は正鵠を得るの訂正。的を射る=正鵠を射る=正鵠に中つ=中正鵠=正鵠をそれず=不失正鵠≠正鵠を失わず=正鵠を得る=得正鵠=的を得る
的を得るは誤用じゃない→誤用の意味は「言葉の意味を誤って使う。言葉自体を誤ることではない」。的を得るは誤用ですらない
的を得るは正しいんだ→的を射るは慣用句で、的を得るは慣用句ではない。慣用句は特定の単語の組み合わせを用い、同じ意味の単語ではダメ。100階から目薬、写輪眼が無い、馬の耳に聖歌、ハローキティに小判が正しいとでも言うのか
正鵠を得るがなければ正鵠を射るも的を射るも作られなかった→不失=中=射る、正鵠=的。「的外れ」は18世紀から、「当たらずといえども遠からず」は1810年頃から用例がある。的を射るが慣用句化した可能性は十分ある
三省堂が誤用撤回したから正しい→規範主義でもない記述主義の三国の「誤用。正用」を参照するの?少しでも規範を考える人が三国を信じる訳がない
的を得る誤り説の初出は三国じゃない。三国の前のものには論拠が無い?話題にならなかったから大したことない?論拠を間違えただけで、的を得る自体が誤りという認識があり、的を得るが誤りという論に違和感がなかったかもしれない
それを言うなら、的を得る派が正鵠を得るの基となった正鵠を失わずが正しいとする論拠を一切提示していない
実例主義の三国が誤り説に大きく影響したとガチで言っているならマジでヤバイぞ?!
ちなみに文化庁に「三省堂が的を得るは誤りではないと言ったから、的を得るは正しいのか」という問い合わせの返答は以下の通り
『三省堂国語辞典 第7版』の新しい記述に関しては承知しておりますが,他の辞書が同様の見解を示しているわけではありません。
例えば,同じ三省堂であっても,『現代新国語辞典 第4版』や『大辞林 第3版』などでは『三省堂国語辞典 第7版』と同じ見解ではないようです。
三省堂だけでなく,各社の今後の動向を注視していこうと考えております。
BIFFの亜空間要塞は正しい→的を得るを勝手に慣用句にする。的を得る未掲載の辞書を得るを容認しているように話す。日本の正鵠の初出を勘違いした相手を調査不足だと人身攻撃も厭わない。無知と卑下しながらインテリナルシシズム全開
余談だけど心理学では「難しい言葉を使いたがる人ほど心が狭い」とされている。あとNPDの臭いがするかも…。下記のサイトもチェックしてみよう
http://ronri2.web.fc2.com/index.html

的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

日本と中国は異文化。正鵠を得るは中正鵠でなくて不失正鵠を「正鵠を失わず」と日本読みし、そこから生まれた日本の慣用句。中国にない表現でも誤りではない。日本独自の文化。そもそも異文化を間違いなく解釈することなんて無理。変化は必然。失わずは決して間違いではない
→金○均はきんた○きん?開眼をかいげんとかいがんのどちらで読んでもいい?『ボールが外れたから拾う』を『ボールを失ったから拾う』と通訳する?礼記は日本の本?漢語の失正鵠の対義語は得正鵠?
外国人「ク○う○ぇマジshineと書いてるが、死○じゃなくて輝きと訳して問題なし」
日本人「英文で『難病と闘う少年にクラスメイトみんなでs○ineと言った』という文章があったので、みんなで死○と言ったと解釈しよう」
サラリーマン漫画読者「『島耕作は初芝に勤めるshineだ』というセリフがあった。社員ではなく輝きか死○のどちらかだろう」
中国人「日本の小説で『戦友から託された手紙』という文章があった。トイレットペーパーを託されたという意味に違いない」
カトリック教徒「ハライチ澤部は童○キャラで人気を博した。カトリックの尼僧キャラだな」
メロンパンナ「神戸市民から美味しいサンライズと毒入りメロンパンを貰った。私はサンライズがメロンパンだと思うので、私にとってのサンライズを食べる」
現代人「古典でことわるという単語が出た。判断する意味じゃなくて現代の意味で読むべき」
アメリカ人「日本の子供はポケットモンスターが好きで、ポケットモンスター専門店があるらしい。日本の性教育はおかしい」
現代人「昔の医学書に『この患者は二の腕に注射しないと助からない』と書いてあった。現代人だから一の腕に注射する」
タイ人「日本人は性的な意味で好きな人にmoeと言うようだ。なるほど○毛か」
イザナミ「雨上がり決死隊のホトちゃん=雨上がり決死隊の○aginaちゃん」
北海道民以外「北海道民が『子供をチョコでぼったくった』と言った。この北海道民は子供から金を巻き上げた」
沖縄県民以外「沖縄県民が『漫湖で写生した』と言った。○aginaでejaculati○nだろう」
この人たちが「異文化だから間違えても変じゃない。俺たちの文化に当てはめて何が悪い。言葉は変化するものだ。何も間違ってない。現代日本人だって不失正鵠を正鵠を失わずと読むだろ!」と言ったら?
的を得ると得正鵠の基となった正鵠を得るの基となった正鵠を失わずを認めるなら、この人たちの理屈を認めなければダブルスタンダードだと思いませんか?
大きな誤りは小さな誤りの積み重ね。正鵠を失わずを正しいと認めるの?

文字とは昔から今、今から未来へと続いていく約束事だ。それが守られるから現代人は過去の書物を理解し、未来の人々に我々の意思を伝えることができ、異文化と交流できる
文字とは公共財だ。もし自分勝手に意味を読み変えることに寛容であれば、文字の体系性が破壊し、コミュニケーション機能が崩壊し、文字が文字の役目を果たせなくなる
我々人間が他の生き物と違うのは言葉が使えること。自分の意思を相手に伝えるからこそ人間社会は成り立っている
「言葉は生き物。意味が通じれば誤りや誤用でも大丈夫」という意見があるのは、「相手に伝えたい」という言葉が存在する意味を理解しているからだ
言葉は自分だけでなく相手を救うもの。相手を尊重するからこそ、我々は文化・時代・国を超越して理解し合えるのだ
言葉とは文化でもなければ生き物でもない。人が人を想う心そのもの。互いが互いを思いやる人間として当たり前のこと
それを「自分の文化・時代・国として読みが正しければ、相手の文化・時代・国を無視した意味でも正しい」とかどんだけワガママなんだよ
村岡花子の爪の垢を煎じて飲まなくちゃ、ダメよ~ダメダメ

的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

☆世界に一人だけの馬鹿
ネットの検索に並んだ いろんなブログをみていた
ひとそれぞれ好みはあるけど どれもみんなキモイよね
この中で誰も中正鵠だなんて 慮る事もしないで
ネットの中誇らしげに しゃんと胸を張っている
それなのに君ら信者は どうしてこうも馬鹿にしたがる?
自国他国違うのにその意味を 自国に変えたがる?
そうさ君らは 世界に一人だけの馬鹿
自国他国違う意味を持つ その誤訳を正すことだけに
一緒懸命になればいい
正鵠を得るや的を得る ひとつとして正当性はないから
失わずと読まなくてもいい もともと不失はそれず
プロフィール

パンチだらけ

Author:パンチだらけ
ホームページ:格ゲー.com
ゲームの話はほとんど書きません。1日1回更新を目指してました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリー
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
アクセスカウンター